夕方の花畑の中を走る少女と少年の後ろ姿

『点子ちゃんとアントン』 ~ケストナーが未来に託した願い~

みなさん、こんにちは。丘紫真璃です。
今回は、エーリヒ・ケストナーの『点子ちゃんとアントン』を取り上げたいと思います。
このコラムでも、ケストナーの作品はいくつか取り上げていますが、本当にどの作品も、独特の魅力でいっぱいですよね。こちらに語りかけてくるような語り口でつづられるので、どんどん読み進めてしまいます。
『点子ちゃんとアントン』は、ケストナーが初期に書いた作品です。戦前に生まれた物語なのに今でも面白く愉快で、マネできない魅力にあふれています。
時代を超え、国を超えて楽しまれてきた名作『点子ちゃんとアントン』には、ヨガとどんなつながりがあるのでしょう。考えてみたいと思います。

ケストナー2作目の作品

ドイツのドレスデンの街

著者のエーリヒ・ケストナーは、1899年ドイツのドレスデンで生まれました。もともとは大人向けの詩などを書いていたそうですが、1928年、『エーミールと探偵たち』を発表したところ、これが大人気となり、世界的に有名な児童文学作家となりました。

『点子ちゃんとアントン』は1931年、ケストナーがいよいよ人気作家になり始めた初期の頃に書かれた作品です。
子ども向けに書かれた作品であるにも関わらず、問題のある大人が次から次へと登場します。金持ちながら仕事に忙しい父親や、子どもを顧みない母親、子どもをだます悪い家庭教師や、悪人のお婿さん、病気のシングルマザーの女性などなど。
主人公の少女の点子ちゃんとその親友である少年アントンを囲む大人たちの様子から、当時のベルリンの社会が浮き彫りになってきます。そして、不思議なことにその問題は、現代の日本にも通じる問題であるように思うのです。

というわけで、子どもというよりは、むしろ大人が読むべき物語が、『点子ちゃんとアントン』だと言えるでしょう。この作品は、1999年に映画化されました。

20行の新聞記事から生まれた物語

新聞を読む人

『点子ちゃんとアントン』の物語は、当時の新聞に出ていた20行ほどの記事を元に作られた作品だそうです。その新聞記事というのは、裕福な家の子どもが、夜、女性と一緒に物乞いをしているといった内容だったらしいですよ。

この物語の主人公である点子ちゃんも、お金持ちの家の女の子です。

この住居は、部屋が十もあって、とても大きかったものですから、点子は食事がすんで子供部屋に戻って来ると、大抵またおなかがすくほどでした。

編 山本有三.『日本少国民文庫 世界名作選(一)』. 新潮文庫.2003.p,212

点子ちゃんが、相当広いお屋敷に住む裕福な女の子だということがわかりますね。

点子ちゃんの母は外出やパーティーが大好きな人で、毎晩、夫を連れて、パーティーやオペラなどに出かけています。だからこそ、夜に悪いこともできるというもので、点子ちゃんの悪い家庭教師アンダハト嬢は、毎晩、女中の目を盗んでこっそりと、点子ちゃんを連れて、外出します。
アンダハト嬢は、点子ちゃんにはボロボロの乞食のような格好をさせ、自分自身はメガネをかけて目の見えない人のふりをし、ベルリンのワイデンダム橋に立ちます。そして、二人は、橋を行く人々に物乞いをするのです。
芝居っ気のたっぷりある点子ちゃんは、乞食の娘の役をものすごく上手にやってのけてしまうんですね。

「あたしども、貧しい者にお情けをおかけ下さい。一箱たった五銭です」と、子供は哀れっぽく叫びました。太った男の人が彼女たちの方に近づいて来て、ポケットに手をつっ込みました。
「お母さんはまだ若いのに、すっかり盲になってしまいました。三箱、十三銭です」
と、少女はどもりながらいいました。太った人は彼女に五銭やって、たち去りました。

編 山本有三.『日本少国民文庫 世界名作選(一)』. 新潮文庫.2003.p,267

点子ちゃんに、こんなことをさせるなんて、アンダハト嬢は本当に悪質ですね!
さて、アンダハト嬢がなぜ、こんなことをやっているかという理由は、アンダハト嬢の悪いお婿さんや、ワイデンダム橋で靴紐を売っている貧しいけれども誠実で勇敢な男の子アントンがからんで、だんだん明らかになっていきます。
その面白いところはぜひ、実際に読んでみて下さいね。

章が終わるごとに短く書かれる「反省」

胸に手を当てる女性の手元

この本の前置きには、こんなことが書いてあります。

この本の中で、考えて見なければならないことを全部、それぞれの短い節にまとめることにします。

編 山本有三.『日本少国民文庫 世界名作選(一)』. 新潮文庫.2003.pp,208-209

『点子ちゃんとアントン』の物語は、章が終わるごとに「反省」という短いコラムがついています。物語に関するケストナーの意見のようなものです。「反省」のコラムは読み飛ばしても物語を楽しむことはできます。けれども、この「反省」のコラムは、ケストナー独特の味わい深い文章で書かれていて、なかなか読み応えがあるんです。
ここでは、たくさんの反省の1つだけ紹介してみましょう。

例えば、点子ちゃんには、ワイデンダム橋で出会ったアントンという貧しいけれども、カッコよくて素敵な男の子の親友がいます。アントンがどんなに素敵かということについては、点子ちゃん自身が、こんな風に言っています。

「今も(アントンの)お母さんは寝ていて、お料理が出来ないんです。でも誰かお料理しなくちゃなりません。誰がお料理すると思って? アントンさんがするんですよ。ゆでじゃが薯や掻卵やいろいろなものが出来るんですよ。とにかく素敵なのよ!」

編 山本有三.『日本少国民文庫 世界名作選(一)』. 新潮文庫.2003.p,286

アントンは、病気のお母さんの代わりに、夜にワイデンダム橋で靴紐を売ってお金をかせぎ、家賃や食料品代を払って、昼も夜も苦しい思いをして暮らしています。けれども、お金持ちの点子ちゃんに対して卑屈になることは決してなく、堂々とした対等な関係として付き合っています。
そんなアントンのことを、点子ちゃんは心から信頼しており、自身の家の門番の息子であるクレッペルバインにいじめられて困っている相談をしたりします。
アントンは、クレッペルバインを見つけると、堂々と対決します。

「よっく聞け。貴様がもう一度あの女の子をいじめたら、おれが相手になるぞ。おれが保護してるんだから、わかったか。」と、彼(アントン)は、クレッペルバインにいいました。
「お前が、あの綺麗なお嬢さんをかい?」と、クレッペルバインは笑いました。
「お前はよっぽどどうかしているぜ」
 この瞬間に、彼は横っ面を一つはられて、舗道の上に尻もちをつきました。
「よし、待て」と、彼は叫んで、とび上りました。だが、その時、すでに彼は二発目を横っ面にくらいました。今度は別な側からでした。彼はまた尻もちをつきました。
「よし、待て」と彼は言ったものの、うっかり立つと危ないと、腰をついたままでいました。

編 山本有三.『日本少国民文庫 世界名作選(一)』. 新潮文庫.2003.pp,253-254

いじめっ子をこんなにカッコよく鮮やかにやっつけるなんて、アントンは素敵な人ですね。
ところが、ケストナーは、このシーンの後に出てくる「反省」で、次のように書いています。

私はここで少しばかり勇気についてお話ししたいと思います。アントンはいまし方、自分より大きい少年の横っ面を二つはりとばしました。そこでみんなは、アントンは勇気を示したと、考えるかも知れません。しかし、それは勇気ではなくて、怒気だったのです。それは上の字がちがっているばかりでなく、少し区別があるのです。
勇気を持つことは、冷静な時にだけ出来るのです。

編 山本有三.『日本少国民文庫 世界名作選(一)』. 新潮文庫.2003.p,256

こうして書いたケストナーは、本当の勇気の例として、スイスの物理学者であるピカール教授の話を綴っています。

ピカール教授が気球にのって誰もこれまで昇ったことのない成層圏へ昇る場合、彼は勇敢です。
ピカール教授のすることに皆さんは注意していましたか。それは興味深いことでした。教授は何度も昇ろうとして、天候が思わしくないので、中止しました。新聞は早くも彼をからかいだしました。世間の人も彼の写真を見る毎に笑いました。しかし彼は適当な時を待ちました。彼は非常に勇気があったので、馬鹿な行動をするより甘んじて笑いものになっていたのです。彼は無鉄砲でもなく、気が変なのでもありませんでした。ただ勇気があったというだけです。彼は何かある真理を探究しようとしたのであって、有名になろうと思ったのではありません。
勇気を示すには、拳骨だけでは駄目です。頭が必要です。

編 山本有三.『日本少国民文庫 世界名作選(一)』. 新潮文庫.2003.p,257

点子ちゃんを守るために、年上の少年の横っ面をはり飛ばしたアントンは確かにとても素敵ですが、ケストナーの勇気の話には、なるほどとうなってしまいますね。
ヨガでも、冷静でいることはとても大切だと言われています。『ヨガ・スートラ』には、ヨガの一番大きな目的は、心が感情の波で荒立っておらず、風のない湖のように澄み切った状態にすることだと書かれています。
それはつまり、冷静な状態でいることということですよね。

怒りなどの感情が高ぶっている時には、人はどうしても的確な判断はできません。正しい判断ができるのは、心が風のない湖のように澄み切った冷静な時だけなのです。冷静でいる時、人は沈着に、正しく物事を見極めることができます。

まだ天候が思わしくないから気球を飛ばすのは中止すべきだと判断したピカール教授の話がいい例ですよね。
アントンがクレッペルバインの横っ面をはり飛ばした時、確かに彼は感情が高ぶっていたのでしょう。それは真の勇気とは言えないのかもしれません。
そして人が持つべきなのは、冷静な状態でこそ持てる真の勇気なのでしょう。

ケストナーが未来に託した願い

蝋燭をインク壺が置かれた机で羽ぺんで書き物をする男性の手元

勇気の例のように、ケストナーは「反省」で、義務や誇り、好奇心や貧乏、真剣な人生や友情などについて、いろいろなことを語っています。ここで全部取り上げたいくらい、ヨガと深くつながっているのですが、枚数がいくらあっても足りないので、ご自身で読んでいただくことをオススメします。
そして、ラストの「反省」ではこんなことが書いてあります。

これでお話はおしまいです。この結末は正当で幸福です。みな然るべきところにたどりつきました。私たちは将来を信じて、みんなを今後の運命にまかせることができます。(略)
さて、皆さんは、あるいはこれから推しはかって、実生活においてもいつもこの本と同じように公平に運び且つ終わるものと考えるかも知れません。そう考えたら、確にとんでもない間違いです。そうならなければならないし、分別のある人たちは皆そうなるように骨を折っていますが、しかし、現在はそうではありません。まだそうなってはいないのです。

編 山本有三.『日本少国民文庫 世界名作選(一)』. 新潮文庫.2003.p,359

現実は、物語のようにハッピーエンドで終わることばかりではありません。理不尽なことがたくさんあるのが世の中というものです。それは大昔から現代にいたるまでずっとそうで、だからこそ、ヨガが生まれました。
不幸なことや理不尽なことがたくさんある世の中を少しでも渡りやすくするために考えられたものがヨガなんです。ヨガの教えを少しでもたくさん守ることができたら、それだけ、心穏やかに平穏に生き抜いていくことができるということなんです。

ケストナーは「反省」を通して、真の勇気や友情、真剣な人生について書き綴りました。ヨガと通じるそれらの言葉の数々は、まさしく、ハッピーエンドのようにはいかない理不尽な世の中を生き抜いていく鍵になるものだと言えるでしょう。

ケストナーが『点子ちゃんとアントン』を書いた1931年のベルリンは、世界恐慌の影響で職を失って困窮している人であふれていました。病気のシングルマザーであるアントンのお母さんや、その母を助けようと苦しい思いをして懸命に働くアントンのような子どもが、たくさんいたのです。
その2年後にはナチスが政権を取り、第二次世界大戦に突入していきます。ナチスに反発していたケストナーは、本を焼かれたり、出版を禁じられたり、ゲシュタポに二度も逮捕されたりするようになります。
それでも、ナチスに反発する声を上げ続けたケストナーのことを考える時、ラストの「反省」に綴られた言葉には、未来への強い願いのようなものもあるように感じます。

ほかの人に罪があるのに、皆さんが罰せられるようなことがあっても、余り意外に思ってはなりません。皆さんが大きくなったら、その時こそ、世の中がもっと善くなるように、心がけて下さい。私たちには、どうも十分にはうまく行きませんでした。どうぞ、皆さんは私たちの時代の大多数の者よりももっと立派に、もっと誠実に、もっと正しく賢明になって下さい!
地球もかつては天国だったことがあるそうです。何事も出来ないことはありません。
地球はふたたび天国になることが出来るでしょう。どんなことだって出来るのです。

編 山本有三.『日本少国民文庫 世界名作選(一)』. 新潮文庫.2003.p,360

ケストナーにとっての未来にいる私たちの住む地球も、決して天国とは言えません。理不尽なことに溢れていますし、戦争はなかなか終わらず、罪のない人が犠牲になる悲しい状況も続いています。
そうした状況を止めるのは、難しいかもしれません。けれども、ケストナーが残してくれた物語を読んで、「反省」の言葉を自分なりに考えてみた時、そこに、理不尽な世の中を生き抜いていくヒントが、たくさんあるように思います。

一人一人がそうしたヒントをよく読んで考え、できるところからほんの少し行動するだけでも、ほんの少し何か変わるのかもしれないと思ったりします。
と、エラそうに書きながら、私自身、何も出来ていないのですが。

軽快でユーモラスに語られていく面白い物語の中に、仕事で忙しすぎる点子ちゃんのお父さんや、家庭を顧みない点子ちゃんのお母さん、病気のシングルマザーのアントンのお母さんや、ヤングケアラーの状態にあるアントンなど、今の時代でも問題になっている重い課題が、さりげなくちりばめられています。
大人のみなさん、ぜひ読んでみて下さい。面白く読めて、絶対、損にならないと思いますよ。