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丘紫真璃が独断で考える「読書界のヨギー No.1, No.2選手権!」

みなさん、こんにちは!丘紫真璃です。
いつもは、私がおすすめする本とヨガのつながりを考えるコラムなのですが、今回はちょっと番外編ということで、読書界におけるヨギーNo.1, No.2は誰だろう??ということを考えてみたいと思います。
このコラムで、様々な本とヨガとのつながりを考えていく中で、「この人こそヨギー!」という登場人物も、たくさん紹介してきました。その中でも、誰よりもヨギーといえる人。読書界におけるキング・オブ・ヨギーは、いったい誰だと思いますか?
これは正解のない問いではありますし、様々なご意見もあるでしょう。
今回は、私の独断で考える「この人こそ読書界のヨギーNo.1, No.2!」を決めてみたいと思いますので、お付き合いいただければ幸いです。

ヨギーって、どういう人のことを言うの?

林の中で光を受けてシルエットが浮き上がるヨギーの姿

読書界におけるヨギーを考えるにあたってハッキリさせておきたいことは、ヨギーの定義ですよね。
ヨギーとは、サンスクリット語で、ヨガを実践している人のことを言います。女性のことは、ヨギーニと呼んだりもするようですが、ここでは、男性も女性も関係なくヨギーと呼ばせていただきます。ただし、このコラムで呼ぶヨギーは、ヨガ教室に行って習っている人のことではありません。ヨガの精神を自分のモノにしている人のことを指しています。

では、ヨガの精神とはどういうことをいうのでしょう?
『ヨガ・スートラ』の冒頭には、

心の作用を止滅することがヨーガである

『ヨガ・スートラ 第一章 第二節』

と書かれています。

心が感情で荒れておらず、風のない日の湖のように穏やかに澄み切った状態であることが、ヨガの理想の心理状態である……ということを言っているのですね。

私たちは、怒ったりパニックを起こしたり、泣いたり、喜んだり、悲しんだりと、いろんな感情に振り回されて生きていますから、心が安定して穏やかな状態でいることは、なかなかありません。ですが、そうした感情を上手にコントロールして、常に穏やかでいる状態が理想的だと、ヨガでは考えられているのです。ですから、ヨギーの重要な資質としては、心が常に穏やかな状態でいる人のことを指すと言えるのではないでしょうか。

中でも、心が常に穏やかな状態でいるために大切なことは、縛られないということではないかと思います。
私たちは、固定観念、偏見、常識といった、たくさんのものに縛られています。財産や名誉といったものも、自分を縛りつけるものの一つですね。物欲や支配欲といったものも、私たちを縛るものといえるでしょう。
そうした全ての縛りから自由になった時、広い視野で世界を見つめることができ、振り回されることも少なくなって穏やかな心でいることができるのだと、ヨガでは言われています。

ですから、ヨギーのもう一つの重要な資質としては、いろんなことに縛られていない、自由な視点を持っている人だということができるのではないかと思います。

私が選ぶ読書界のヨギーNo.2! 動物語を話すお医者さんドリトル先生

動物とドリトル先生のイラスト

それでは、そろそろ読書界のヨギーを発表していきましょう。
個人的には、読書界のヨギー第2位にランクインするのは、何といっても、動物語を話すお医者さんのドリトル先生です。
イギリスのお医者さんであるドリトル先生のことは、みなさん、お名前だけでも聞いたことがあるのではないでしょうか? このコラムでも以前、取り上げさせていただきました。
ドリトル先生は、動物のことを常に第一に考えて、自分のことをちっとも顧みない人物なんです。先生の愛鳥であるオウムのポリネシアは、こんな風に語っています。

「先生が帰ってこられると、あのとおり、すぐさま動物たちが、おしかけてきます。病気のネコや、皮膚病にかかったウサギまで、先生にみていただきに遠くからくるのです。いまも、裏口の戸の外に、ふとった野ウサギが、赤ん坊がひきつけをおこしたから、みていただきたいと、ギャアギャア泣く赤ん坊をだいてきています。きっと毒草でも食べさせたのでしょう。子どもをもっている母親たちは、ことに考えなしですからね。先生のお食事ちゅうをよび出したり、よる夜中、おやすみちゅうでもおかまいなしに起こします。それでも先生は、喜んで起きてゆかれます。ほんとに気がしれません。片時も静かなときはないのです。私も先生に、『動物との面会時間を、おきめになってはいかがです』と申し上げているのです。でも先生は、あのとおり、とてもしんせつで、思いやりがありますからね。動物たちがほんとうに悪いときは、けっしていやな顔をなさらないんです。」

ヒュー・ロフティング.訳 井伏鱒二.『ドリトル先生航海記』. 岩波書店.1996.p,57

『ヨガ・スートラ』には、自分のためではなく、誰かのために尽くすようにという記述もよく見かけますが、まさしく、ドリトル先生は自分を投げ捨てて、いつも動物たちのために奔走しています。そして、固定観念や常識、偏見や財産、名誉といったものに全く縛られていません。
お金持ちのお家の馬や犬たちのことも、そこいらの野ウサギの赤ちゃんのことも、同じように真摯に診察します。野ウサギは診察代なんて持っていませんが、そんなことには全くかまわないのです。お金のためではなく本当に困っている野ウサギを救うために、ドリトル先生は、お食事中でも睡眠中でも喜んで駆けつけて真剣に診察するのです。

だからこそ、ドリトル先生が困っている時は、世界のどこにいても、必ず動物たちが先生のことを助けます。ドリトル先生が、恐ろしい海の海賊と対戦することになった時も、海のサメたちが先生のために一肌脱いでくれたので、先生は見事な勝利をおさめることができました。
その時、ドリトル先生は、海賊の頭ベン・アリに向かって、次のように言っています。

「鳥や獣や魚という友だちのあるかぎり、海賊のかしらごときは恐るるにたらんのだ。」

ヒュー・ロフティング.訳 井伏鱒二.『ドリトル先生アフリカゆき』. 岩波書店.1994.p,121

だから、先生は海賊に襲われようと、嵐に合おうとちっとも動揺しません。嵐でバラバラに船が壊れてしまった時でさえ、壊れた船の上に落ち着いて座り、鏡のカケラを使って静かにヒゲをそっているくらいです。それは、嵐で船が壊れたとしても、カモメやイルカなどが、絶対に先生を助けてくれるからなのですね。

そういう意味で、ドリトル先生は常に心が穏やかな人だというヨギーの資質を十分に満たしている素晴らしい人だと言うことができるでしょう。

読書界のヨギーNo.1! 自由を愛するスナフキン!

スナフキンの絵が描かれたパッケージ

それでは、読書界のヨギーNo.1は誰でしょう?
私としては、やはり、ムーミンシリーズに登場するスナフキンだと思います。このコラムの記念すべき第一回目に取り上げているのも、スナフキンなんですよ。
スナフキンの名前は、みなさん、よくご存じだと思います。トーベ・ヤンソンのムーミンシリーズに登場する自由を愛する放浪の人です。

スナフキンこそ、縛られていないという言葉にまさしくピッタリです。スナフキンは、孤独と自由をこよなく愛していて、いつも一人でどこかをさまよい歩いています。食べたい時に食べ、眠たい時に眠り、歩きたい時に歩いて、生活習慣といったものにも、全然縛られていません。
いつもハーモニカを一つポケットに入れているだけで、財産や名誉といったものとも無縁です。それどころか、物を増やすことを怖がっているくらいです。『ムーミン谷の彗星』では、新しいズボンを買おうとして試着しているシーンがありますが、物を増やすということはやっぱり恐ろしいことだと言って、買うのをやめてしまったこともありました。

旅の仲間のスニフが、谷底いっぱいに落ちていたガーネットを拾おうとして失敗した時にも、スナフキンは、ガーネットをゲットできずに悲しんでいるスニフに、こんなことを言っています。

「なんでもじぶんのものにしてもってかえろうとすると、むずかしいものなんだよ。ぼくは、見るだけにしているんだ。そして、たちさるときには、それを頭の中にしまっておくのさ。ぼくはそれで、かばんをもち歩くよりも、ずっとたのしいね。」

トーベ・ヤンソン.訳 下村隆一.『ムーミン谷の彗星』. 講談社青い鳥文庫.1998.pp,54-55

谷底いっぱいに光り輝くガーネットの宝石を見つけたら、スニフだけでなく、私たちだって1つくらいは持って帰りたいと思いますよね。これを一つ売ったらいくらになって……なんて計算しながら、いくらでも集めてしまいそうになりますが、スナフキンはそんなものには興味はなく、ただ、ガーネットを見たらその美しさを覚えておいて、頭の中にそっとしまっておくだけです。

「じぶんで、きれいだと思うものは、なんでもぼくのものさ。その気になれば、世界じゅうでもな」

トーベ・ヤンソン.訳 下村隆一.『ムーミン谷の彗星』. 講談社青い鳥文庫.1998.p,51

スナフキンがキレイだと思って頭の中にしまったものは、決してなくなりません。スニフが拾ったガーネットは、あっさりなくなってしまいましたけれども、スナフキンが頭の中にしまった美しいガーネットは、絶対になくなったりしないのです。
ですから、スナフキンは決して失わない美しい財産を、頭の中にたくさん持っているといえるでしょう。そして、その財産は、自分を縛り付けるものではなく、悲しい時に心を慰めてくれたり、思い出しては嬉しい気持ちにさせてくれたりするものなのです。

そういったたくさんの美しい財産を持っているからこそ、スナフキンはいつも、自分の気持ちをコントロールして落ち着いていることができるのでしょう。彗星が近づいてくる時だって、サメに襲われそうなときだって、スナフキンは決して取り乱したりしません。ギュッとパイプを強くかむくらいで、いつも、落ち着いているんです。
そんな自由と孤独を愛するスナフキンこそは、読書界のヨギーNo.1だと私は思うのですが、みなさんはいかがですか?

もちろん、他にも読書界のヨギーにふさわしい人はたくさんいます。みなさんも自分なりの読書界ヨギーNo.1, No.2を探してみてはいかがでしょうか。意外と楽しいですよ!