みなさん、こんにちは。丘紫真璃です。
以前、「読書界のヨギーNo.1,No.2選手権!」を開催したのですが、ご覧いただけましたでしょうか?
今回は、主人公が子どもである書籍にしぼって開催してみたらどうかと思いつき、再び、こんなことを始めてしまいました。読書界には、あらゆる魅力を持つ子どもがたくさんいます。その中でも、よりヨギーの理想に近い子どもとは、いったい誰なのでしょうか?
今回も私の独断になりますが、1位から3位を決めてみたいと思います!
子ども選手権!決め手は「自由」

子ども限定と対象をしぼって考えてみた場合、やはり、選考のポイントとしては、自由であることではないかなと思います。
前のコラムと重複してしまいますが、『ヨガ・スートラ』によりますと、ヨガを行う目的とは、心の安定にあると書かれています。心が感情で乱れておらず、まるで風のない日の湖のように澄み切った状態が、ヨガの理想の境地だということなのですね。
どうしたらそんな境地になれるのかという方法が、『ヨガ・スートラ』に書いてあるのですが、そこで大切になってくるのが、縛りからの自由なのです。
私たちは生きているだけで、様々なものに縛り付けられています。常識、偏見、高い地位、お金、家族愛、支配欲、所有欲…… 全ては、一種の縛りです。
そうした縛りから自由であればあるほど、心が乱れることも少なくなり、ヨガの理想に近づきます。
というわけで、今回の決め手は、より自由で縛られていない子どもです。子どもは自由なものではありますが、その中でも特に自由な子どもは誰でしょう?
第3位:ハックルベリー・フィン

マーク・トウェインの『トム・ソーヤーの冒険』というタイトルは、多くの方にとって聞き覚えがあるのではないかと思います。見事、第3位にランクインしたハックルベリー・フィンは、いたずら少年であるトム・ソーヤーの親友の浮浪児です。
母親はおらず、父は飲んだくれで、基本的に息子のハックを放置している様子です。ですから、ハックは宿無しで、学校にも行かず、ウロウロしているのですが、そんなハックのことを、マーク・トウェインは、このように書いています。
ハックルベリーは、行くも帰るも、気のむくままだった。天気がよければ、どこかの戸口の階段で、雨がふったら、大きい空樽の中で寝た。彼は、学校とか教会に行かなくてよかったし、だれかを主人と呼んで、いうことをきかなくてもよかった。魚釣りでも泳ぎにでも、行きたいとおり、いつでも、どこにでもでかけられるし、すきなだけ長く、そこにいられた。けんかをするな、などととめる者は、だれもいない。夜ふかしも、したいだけできた。春になって、真っ先にはだしで出あるくのは、いつも彼だったし、秋になって、最後に靴をはくのも彼だった。顔を洗わなくてもよかったし、きれいな服を着なくてもよかった。悪い言葉もみごとに使えた。要するに、人生をすばらしいものにするなにもかもを、この少年はもっている……というふうに、セント・ピーターズバークじゅうの、足かせをはめられ、思いなやむ、いい家の男の子たちは考えていた。
マーク・トウェイン.訳 大塚勇三.『トム・ソーヤーの冒険』. 福音館書店.2013.p,86
これだけでも宿無しのハックが、いい家のお坊ちゃまたちに比べて、自由を満喫している縛りのない暮らしを送っていることがわかりますよね。
さて、このハックですが、『トム・ソーヤーの冒険』のラストで、トム・ソーヤーと洞窟探検をして宝石を見つけ、正式にお金持ちになります。一躍、町で注目を集めることになったハックは、良い家に引き取られて養子にされますが、この情報を聞きつけた飲んだくれの父親が、ハックを取り返そうとくわだてます。
続編の『ハックルベリー・フィンの冒険』では、飲んだくれの父親がハックを養子にしていた家庭からさらい、森の小屋に閉じ込めるところから始まります。ハックは、良い家の窮屈な養子生活も嫌いでしたが、父親に殴られながら小屋で暮らすのも嫌になり、1人で遠くに逃げ出そうと決意します。
そして、絶対にみんなにつかまらないうまい計略を立てて脱走し、流れて来たカヌーをつかまえて、ミシシッピ川をどんどん下って冒険に出かけます。
その冒険の途中で出会うのが、奴隷として売り飛ばされそうになっていた黒人のジムです。ハックは、気の良い黒人のジムと協力しながら、川下りの冒険をするのです。
ハックが生きていた当時は黒人が奴隷にされていた時代で、黒人の脱走を手伝うのは法律違反でした。浮浪児だったハックも、黒人の脱走を手伝っている自分は、ものすごく悪いことをしているのではないかと思い悩みます。けれども、ハックは法律よりもジムとの友情を信じ、最後までジムの脱走を手伝うのです。浮浪児のハックは、偏見に縛られずジムとの友情を選んだという点で、第3位にランクインしても良いのではと思いますが、みなさんはいかがですか?
第2位:ピーター・パン

第2位にランクインするのは、みなさんご存じのピーター・パンです。ピーター・パンのことは、もちろん、みなさんよ~くご存じですよね。
彼は、おとぎの国ネバーランドに住んでいる永遠の少年です。作者のジェームズ・バリによりますと、ネバーランドは、子どもたちが夜眠った時に夢の中で訪れる場所で、そこには子どもが喜ぶありとあらゆるものが住んでいます。妖精や人魚、インディアンや海賊まで。
ピーター・パンは、そんなネバーランドの主人公と言える存在です。枯れっ葉の服を着て海賊と戦い、妖精たちと共に自由に空を飛び回ります。
彼は決して年を取らない永遠の少年です。ピーター・パンと対象のようにして、ウェンディーの両親が出てきますが、彼らは子どもを育てるお金のこと、子どもたちが病気になるということ、子どもたちに飲ませる薬のことから病気のことまで、あらゆる心配をして、身をすり減らしています。
そんな大人の心配とは、ピーター・パンは無縁です。もちろん、ピーターだって、悩んだり心配したりすることもあるのですが、彼はとても忘れっぽいので、悩みも心配事も、すぐにケロリと忘れて、また楽しくネバーランドで遊び回るのです。
どんな子どもでも年を取って大人になると、ウェンディーの両親のように心配事に縛られてしまうものですが、ピーター・パンは永遠の少年なので、大人の心配事とは永遠に無縁で、いつまでも、ほがらかで、むじゃきで、無鉄砲なままなのです。
ヨガでは、変わらないものはなく、たった一つの変わらない永遠のものはプルシャであると言われています。そう考えた時、永遠に変わらないピーター・パンという少年は、まるでプルシャのようだと言えるのではないでしょうか?
そんなピーター・パンは、第2位にランクインするにふさわしいと私は思ったのですが、みなさんのご意見はどうですか?
第1位:長くつ下のピッピ

栄えある第1位にランクインするのは、『長くつ下のピッピ』では?!と、すぐに私は思いました。ピッピの名前をみなさん、よくご存じですよね。
ピッピは、世界中の子どものあこがれの存在であるといえるでしょう。ピッピにはお母さんはおらず、船長だったお父さんはある航海で嵐にあった時に行方不明になってしまいました。
というわけで、現在、ピッピはごたごた荘という家に1人で暮らしていますが、ちっとも心配なことはありません。まず、ピッピは金貨がいっぱい詰まったスーツケースを持っていますからお金には困りません。それに、ピッピはものすごく力持ちで、どんな大男だって、ピッピにはかなわないくらいなので、怖いものもありません。泥棒が家に押し入ったって、全くへいちゃらです。ピッピは、金貨を盗もうとしたどろぼう2人を、やすやすとつかまえて、あっさり縛り上げてしまうことができるんです。
でも、ピッピの素晴らしいところはここからです。ピッピは、縛り上げた2人のどろぼうに、ポルカを踊れるかどうかと尋ねます。というのも、ピッピはその時、ポルカを踊りたかったからなのですね。どろぼうたちがポルカを踊れるとわかると、ピッピは何と、どろぼうたちのロープをほどいてやります。そして、どろぼうたちがクタクタになるまで、楽しくポルカを踊りまくります。
とうとう、どろぼうたちが踊りすぎて一歩も動けなくなってしまうと、ピッピはごちそうをして、ねぎらってやります。ピッピからもらったごちそうをたっぷり食べたどろぼうたちは、もう、ピッピから金貨をぬすもうなんて気はまるでありません。ていねいにピッピにこうたずねます。
「もう帰ってもいいでしょうか?」と、(どろぼう達は)ききました。
「あんたたちがきてくれて、とてもたのしかったわ。ほんとに、もう帰らなきゃいけないの?」
ピッピは、なげきました。アストリッド・リンドグレーン.訳 大塚勇三. 『長くつ下のピッピ』. 岩波少年文庫.2020.p,166
こうして、どろぼうとのお別れを惜しんだあげく、人の良いピッピは、どろぼうたちのおみやげにと金貨を1枚ずつあげるのです。
どろぼうをやっつけるだけではなく、どろぼうと楽しくポルカを踊ったり、ごちそうをしてやったり、おみやげの金貨をあげたりするなんて、常識も偏見も固定観念も、ぶっとばしてしまっていますよね。
これだけではなく、『長くつ下のピッピ』では、おまわりさんとの立ち回りや、学校をのぞきにいったピッピの愉快すぎるエピソードが、次から次へと語られます。
ピッピは、発言のいちいち全てが型破りで、楽しくて、自由です。そのうえ、どろぼうにさえもおみやげの金貨をあげる、温かい心も持ち合わせています。
そんなピッピは、堂々の1位を取って良いのではと私は思うのですが、みなさんは、いかがですか?
このランキングは、あくまでも私の独断です。みなさんもぜひ、ご自分なりにランキング付けしてみてくださいね!














